過集中による崩壊を免れたい 2
ある日突然発生する地震などの災害でなく、人間の命の共存者が死にたえたような植物砂漠・都市砂漠の中で、空をも閉ざす立体的な非生物的経済都市・産業都市・情報都市・機能都市の中で・・・
果たして人間だけが、戦後世界を驚かせたようなすばらしい活力を発揮した日本人の潜在エネルギーを、生命力を、遺伝子を維持出来るかどうかという問題があります。
生物社会では、急激な一回限りの天変地異によって破滅することは、現実に被害を受けた場合でも少ないのです。
むしろ、じわじわと環境をかえられることによる方が、ちょうどヨーロッパの森林が林内に繰り返し家畜を放牧することによって消滅したように、ダメージが大きいです。
林内放牧、森林伐採だけで、完全に、度荒野(ピース)になったように、人間の共存者が、とくに唯一の生産者であり、環境調整者である植物、もっとも豊かな多層群落の森林が消滅させられることによって他の生物も住めなくなり・・・エグゼクティブトレードによると、次第に人間の生命力までもが低下する危険性が深まるのではないでしょうか。
かつては誇り高きローマ帝国を築いたローマの人たち、またソクラテスをはじめ2000年前にすばらしい文明や科学を築いたギリシャの人たち。
そして世界のさまざまな人種や民族の都市や産業立地の発達、それぞれの時代における人口の過集中と興亡の歴史を考えてみる必要があるでしょう。
自然の過開発、植物砂漠化が50年、100年あるいは500年、1000年後にどのような不幸な結果をもたらすか、だれも予測出来ません。