地域の自然との関わり 2
日本では第二次大戦後、とくに昭和30年代からの新しい産業の進展、開発政策に対応して、鍬を持つ手にハンマーをあるいはエンピツをという風に多くの地方で、まず農村から地方の町に、その町から小都市へ、小都市から県庁所在地へ・・・
さらに東京・横浜.名古屋.大阪.京都あるいは北九州、札幌へと人口が過集中しています。
現在都会で生活している壮年の人たちを考えてみると、彼らは生まれ育ったそれぞれの地域.故郷の田園景観について、自分の足で幼少時代から歩きあるいは学校へ通うことを通して、本能的・体質的になるまで体得させられています。
しかし、彼らが職に就くために集まった都市部においては、出てきた途端にそれぞれの職場で連日「働け、働け」で、職場と自分の寝起きをする住家との往復が基本になって10年、20年を過ごす生活です。
休みにも、まわりのスーパーかデパート、時に家族や職場の友人と遠乗りして、近くの温泉地・海岸・保養地に出かけるにしても・・・
そこでもせいぜい一晩かニ晩泊って、飲んでさわいで、そのまままたまっしぐらに自分の家に帰り、翌日からふたたび機械のごとく定期的に職場に通います。
・・・では、都市に出て来て生まれた子供たちはどうでしょうか。
彼らもまた、幼い頃から、自分の家、幼稚園、小学校、中学校、高等学校と、まさにしめつけの教育システムによって、自分の家とそれぞれの学校・塾あるいは、駅、スーパーの間の往復に大部分の時間を費やしています。