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      <title>究極のブラジリアン</title>
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      <description>目指せ究極のブラジリアン！？</description>
      <language>ja</language>
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         <title>リゾートブーム再考　2</title>
         <description>新日鉄八幡製鉄所敷地利用の「スペースワールド」（90年4月開設）に代表されるテーマパークも10カ所にのぼり、自動車サーキット場の建設計画が5カ所もあります。


九州には呆れはててしまうほどの過剰なリゾート施設が誕生するのです。


全国のテーマパークについては、91年4月時点で20カ所完成・開業済み。


・・・さらに計画も含めて実に200カ所もあります。


まさに&quot;我も我も&quot;といった具合のテーマパークづくりです。


「サンリオピューロランド」（東京都多摩市）、「レオマワールド」（香川県）、「ハーモニーランド」（大分県）が開業、さらに「登別伊達村」（北海道）、「伊勢戦国村」（3雷県）、「伊豆歴史時代村」（静岡県）の建設計画が進められています。


・・・いえ、これはテーマパークだけでなく全国各地のリゾート施設に共通すること。


全同津々浦々湯沢町と同じコンクリートジャングルつきのゴルフ場、テニスコートの洪水錦象です。


『日経』によると、全国のゴルフ場1600カ所の他に1500から2000もの建静中ないし新設のゴルフ場があります。


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         <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 11:14:49 +0900</pubDate>
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         <title>リゾートブーム再考</title>
         <description>湯沢町をはじめ全国各地でリゾートマンションブームが吹き荒れた最大の火種となったのは、1987年6月に施行されたリゾート法です。


リゾート関連の投資額は、50年代から70年代前半までの、日本の高度成長を支えてきた鉄鋼業の投資額を上回るまでになっています。


『日経新聞』が47都道府県とリゾート関連企業を対象にアンケート調査したところによると、89年度のリゾート開発の投資額は5500億円に達することが明らかになりました。


同年度の鉄鋼業のそれは5300億円程度です。


リゾート産業がその意味で、今日の日本経済を支える大きな産業になっていることがこの数字からうかがえます。


・・・それだけ全国各地で華々しくリゾート開発が繰り広げられ、今日に至っています。


89年12月の時点で、全国で725万か（国土面積の19・2%）ものリゾート開発が展開されていて、たとえば九州では全面積の実に26・7%がリゾート候補地になっています。


九州の場合、1325のプロジェクト、総投資額2兆9000億円ものリゾート開発が計画されています。


さらにこれとは別に100ヵ所を越すゴルフ場の計画もあります。


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         <pubDate>Wed, 18 Jan 2012 11:13:53 +0900</pubDate>
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         <title>EEC問題の浮上限界　2</title>
         <description>アメリカにおいて外交権限をもつのは原則として議会であり、大統領が二国間協定を交渉するさいに、あらかじめ内容と期間を限定した権限を議会から委任され、その範囲内でしか交渉できないこととなっています。


具体的には1934年互恵通商協定法に基づく権限委任がそれです。


この法律はその後11回にわたって延長され、1962年には通商拡大法にとって代られるにいたっています。


・・・以上のうち、55年延長法は第4回関税交渉の、58年延長法は第5回関税交渉のそれぞれ基礎となったものです。


そのことは、ガットにおける関税交渉がこれによって目標と期限を画されていたことを意味しています。


いいかえれば、ガット関税交渉はアメリカ議会によって大統領に与えられた関税引下げ率を上限とし、その期間のうちに交渉を終結することを事実上強制されていたのです。


ところで問題は、こうしたアメリカ主導型のガット関税交渉にとって、EEC問題が次第に大きな障害物として浮上してきたことです。

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         <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 13:33:33 +0900</pubDate>
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         <title>EEC問題の浮上限界</title>
         <description>ガットにおける一般的関税交渉が縮小再生産のきざしをみせ始める理由として、大きくいって次の二つの点を指摘できます。


一つは外的要因であり、世界経済のなかでアメリカとEECの利害対立が顕在化してきたことであり・・・


いま一つは内的要因であり、多角的関税引下げ方式それ自体の内部に、より以上の展開を阻止する要因が強まってきたことです。


まず前者についてみましょう。


ガットの成立自体がそうであるように、それまでの一般的関税引下げ交渉もまた、つねにアメリカの強いイニシアティヴの下に展開されてきました。


アメリカはガット各ラウンドの事実上の主催国であり、同時に牽引車でもありました。


それはこの時期のアメリカがパックス・アメリカーナ体制の下に国際的に圧倒的な政治・経済力をもっていたばかりではありません。


西欧諸国・日本などが数多くの重要輸入品について輸入数量制限などの非関税障壁を設けている状況の下では、アメリカだけが唯一の自由貿易国だったからです。


「アメリカ主導による互恵的関税引下げは、アメリカ側の一方的な市場開放となった」


・・・といわれるように、アメリカは自らの市場を開放することによって、世界全体を徐hに自由貿易体制に組み込んでいこうと図ったのです。


しかも、こうしたアメリカ主導による一般的関税交渉は、アメリカ特有の国内事情から次のような複雑な形をとって展開されました。


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         <pubDate>Tue, 01 Nov 2011 13:32:41 +0900</pubDate>
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         <title>おすすめのサプリは・・・　2</title>
         <description><![CDATA[目をカメラにたとえた時、レンズに当たる部分を水晶体と呼びます。


カメラではこれらレンズを前後させてピントを合わせますが目の場合はレンズである水晶体自体が厚さを変えることによりピントを合わせます。


水晶体は柔らかくて透明性の高いレンズなのです。


このレンズが様々な原因により濁ってしまう病気を白内障と呼びます。


知的障害の原因の一つである奇形症候群や先天代謝異常などに合併して起こる先天白内障と、老化成人病、外傷等に伴って起こる後天白内障に分けられます。


水晶体の濁りが中央部分に及ぶと、必ず視力障害が出現します。


とくに後天白内障では進行性であることが多く、見過ごしていると視力を失います。


おおよそ40歳以降の対象者については老化による白内障を早く発見して治療を開始すべきです。


知的障害に視覚障害が加わると、それまで適応していた施設での生活がかなり困難になるからです。


<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/echinacea.html" target="_blank">エキナセア</a>などのサプリを飲んで健康にはしっかりと気をつけたいものです。


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         <link>http://starvsn.com/2011/10/2_6.html</link>
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         <pubDate>Wed, 05 Oct 2011 13:45:02 +0900</pubDate>
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         <title>おすすめのサプリは・・・</title>
         <description><![CDATA[副鼻腔は鼻の周囲にある骨でできた空洞で、鼻炎からここに炎症が拡がると、ドロドロとした濃い鼻汁が続きます。


鼻汁をかむことの苦手な人や子どもによく見られます。


治療は、可能であれば薬剤の鼻吸入を行ったり、飲み薬(粘膜を整え鼻汁の流れを良くする薬や、少量の抗生物質等)が比較的長期に使用されます。


そして夜間睡眠時無呼吸。


肥満があり、鼻づまり、扁桃肥大もある人の場合、夜間、睡眠が障害されるほどの呼吸障害を来たすことがあります。


イビキがひどく、イビキが続いたあと、突然呼吸が暫くの間止まり(無呼吸状態)、再び大きなイビキとともに呼吸を再開するパターンを繰り返します。


あおむけでは眠ることができず起き上がった姿勢をとったり、熟睡できず、昼間もウトウトしがちになります。


ダウン症の方の肥満の場合は、筋緊張の低下も加わって、この状態を来たすことが多いように思われます。


肥満の解消が先決ですが、扁桃摘出が必要なこともあります。


このような場合には、<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/echinacea.html" target="_blank">エキナセア</a>などのサプリを摂るといいでしょう。

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         <link>http://starvsn.com/2011/09/post_27.html</link>
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         <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 13:44:11 +0900</pubDate>
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         <title>ボディボードの歴史　2</title>
         <description><![CDATA[ボディボードは日本には80年代前半に登場しています。


ですから、すでに30数年の歴史があります。


それまではアメリカからのボードでしか楽しむことができなかったのですが、このところ国内のメーカーからも数多くのグッズが発売されるようになりました。


日本でもここ数年、屋内でボディボードを楽しめる施設も増え、ますます盛り上がりを見せています。


<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール 湘南</a>などの教室が増えたことも、その理由のひとつでしょう。


ボディボードの楽しみは何といっても波との一体感にあります。


サーフィンなどでも感じることができますがボディボードの場合、より波に近いポイントで乗るのでさらに一体感を感じることができます。


波を利用して右に左にボードを操ったり、スピンをくり返すと・・・


海を征服したのではないかと思うぐらい楽しいのですよ。

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         <link>http://starvsn.com/2011/08/2_5.html</link>
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         <pubDate>Wed, 10 Aug 2011 15:03:25 +0900</pubDate>
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         <title>ボディボードの歴史</title>
         <description><![CDATA[ボディボードが生まれたのはいまから20年以上前の1971年。


ハワイのコナで産声をあげました。


もともとコナは最高の波に恵まれながらも、溶岩のリーフのためサーフィンを楽しむことができなかったのです。


この波にどうしても乗りたいと考えた地元サーファーのトム・モーリーによって作られたボードが、今日のボディボードの原型となりました。


・・・3年後、ハワイでは早くもボディボードのコンテストがはじまりました。


このブームはやがてアメリカ本土にも飛火し、各地で人気となりました。


この頃から、<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール 湘南</a>など初心者向けの教室も各地に増え始めました。


そして、1978年にはデパートなどでもボードを購入できるようになり、1985年にはボディーボード専門誌が誕生し、マリンスポーツとして完全に定着したのです。


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         <link>http://starvsn.com/2011/07/post_26.html</link>
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         <pubDate>Sat, 09 Jul 2011 15:02:22 +0900</pubDate>
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         <title>まじょまじょ</title>
         <description><![CDATA[魔女はどんな呪術を使ったのでしょうか。


残念ながらそれを詳しく記した資料は見あたらない。


しかし、断片的な資料や遺物からその一端をうかがうことはできます。


デンマークで発掘された青銅器時代の魔女の墓からは、山猫の爪、いたちの骨、蛇の脊椎などが入った小さな壺が発見されたといいます。


これらは魔女が呪物として用いていたものと推定されています。


また、これらの呪物はいわゆる媚薬の類として今日でも広く使われているといいます。


魔女はこれらの呪物を用いて自分の憎む者を病気にし、あるときは死に至らしめる。


また、恨みをもつ相手の妻を不妊症にしたり、その夫を不能にしたりする。


さらには農作物を枯死させたり、水を洞らしたり、果実を腐らせたりもするといいます。


ドイヒーですね！


話は変わりますが一般的な占いだと、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>がやっぱりいいですよね＾＾おすすめあったら教えてくださーい！

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         <link>http://starvsn.com/2011/06/post_28.html</link>
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         <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 18:06:51 +0900</pubDate>
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         <title>多角的関税交渉の展開とその限界　2</title>
         <description>1949年、スイスとの国境に近いフランスの小さな町アヌシーで開かれた第2回一般的関税交渉（いわゆるアヌシー交渉）およびその翌年の50年から51年にかけてイギリスのトーキーで行なわれた第3回一般的関税交渉（いわゆるトーキー交渉）は、いずれもガット加盟国の拡大を契機に、以上の方法を踏襲しつつ展開された多国間関税交渉でした。


前者ではガット既加盟国21力国と、新しくガットに加盟したイタリア、スウェーデン、デンマークなど11力国との間で多角的二国間交渉が行なわれ、147の二国間協定が成立し、譲許品目も5、000におよんでいます。


また後者ではガットへの新規加盟国であるオーストリア、西ドイツ、韓国など7力国と既加盟国との交渉と、期限切れを控えた従来の関税譲許の再交渉とを同時的に行ない、参加国34、成立した二国間協定数147、新たに譲許された品目数も8、700を数えました。


・・・以上のアヌシー、トーキー両交渉は、ガット加盟国の外延的拡大と既加盟国の関税譲許の内包的展開とを同時的に実現したものであり、


「自由主義経済諸国の貿易における安定と団結」


・・・を達成したものと評価されています。


ここまでは、ガットはきわめて順調に発展するかのごとくみえたのです。


しかし、それ以降になると、ガットの一般的関税交渉には次第にかげりがみえ始めます。


第4回交渉が1956年、第5回交渉（いわゆるディロン・ラウンド）が1960～61年と、その開催が次第に間遠になるとともに、交渉への参加国、関税譲許品目数とも顕著に減少していることがそれを示しています。


・・・とするならば、こうしたガット交渉の縮小をもたらしたものは一体何なのでしょうか。
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         <pubDate>Thu, 23 Jun 2011 13:31:36 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>多角的関税交渉の展開とその限界</title>
         <description>多角的交渉においては、自国が払う関税引下げの犠牲を第三国に無償で提供する代りに、その第三国が他の国に対して行なった関税引下げの果実を無償で享受しうることになります。


これを間接効果というのですが・・・


こうした間接効果が参加国間に多面的に波及する関係を通じて、引下げ対象品目を拡大し、相互間のバランスも維持されることが可能になります。


最恵国原則と多角的交渉とが、いわば相乗的効果を発揮するのであり、その点にこうした方式の最大のメリットがあります。


もっとも、こうした多角的交渉を同時平行的に展開することはそれだけに国ごとの組合わせが複雑となり、多くの時間と労力を要します。


事実、この第1回交渉では実に173組の違った交渉が昼夜兼行で続けられたといいます。


・・・その結果、123におよぶ二国間協定が成立し、譲許総品目数45、000、その輸入相当額100億ドルという、史上空前の関税引下げが実現され、ここにガットははなぱなしくスタートするのです。

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         <link>http://starvsn.com/2011/05/post_24.html</link>
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         <pubDate>Mon, 23 May 2011 13:30:06 +0900</pubDate>
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         <title>地域の自然との関わり　3</title>
         <description>現在、都市域やその周辺域で生活している人たちは、子供から大人に至るまで、自分たちが生活し、そして子供たちが生まれ、その中で育つそれぞれの地域の自然の姿を知る機会が少ないまま現在に至っている場合が多いのです。


親も子も、地域・生活域の自然環境の姿や、そこで今どのような人間の干渉が行なわれているか。


将来、生活の基盤としての緑・地形・気候も含めた自然環境・景観がどれほど貧化を強要されているかなどということに対しての理解なしに、日々の生活に追われています。


自分たちがその生活域や自然を知らない場合には、一般論として「自然保護」、「緑が大事」、「公害反対」と主張しても・・・


しばしばそれは、現実に自分が生活している大地についての理解からかけはなれた観念的な自然保護論・環境保護論やあるいは公害反対論に終わりかねないうらみが少なくありません。


大事なことは、山のかなたの自然や緑と同時に、自分が生まれ育ち、働いている職場や生活域、そこで生まれる子供たちの健全な生活。


さらに新しい発展の潜在能力を維持してゆくための自然環境を守るために、足許の、地域の自然を正しく知ることです。


人間が生物学的にはかなり保守的な一面をもっている以上、私たちはまず自分たちが生活している場所の本来の自然が、緑が、どのような状態であったかを知る必要があります。

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         <link>http://starvsn.com/2011/04/3_1.html</link>
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         <pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:00:51 +0900</pubDate>
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         <title>地域の自然との関わり　2</title>
         <description>日本では第二次大戦後、とくに昭和30年代からの新しい産業の進展、開発政策に対応して、鍬を持つ手にハンマーをあるいはエンピツをという風に多くの地方で、まず農村から地方の町に、その町から小都市へ、小都市から県庁所在地へ・・・


さらに東京・横浜.名古屋.大阪.京都あるいは北九州、札幌へと人口が過集中しています。


現在都会で生活している壮年の人たちを考えてみると、彼らは生まれ育ったそれぞれの地域.故郷の田園景観について、自分の足で幼少時代から歩きあるいは学校へ通うことを通して、本能的・体質的になるまで体得させられています。


しかし、彼らが職に就くために集まった都市部においては、出てきた途端にそれぞれの職場で連日「働け、働け」で、職場と自分の寝起きをする住家との往復が基本になって10年、20年を過ごす生活です。


休みにも、まわりのスーパーかデパート、時に家族や職場の友人と遠乗りして、近くの温泉地・海岸・保養地に出かけるにしても・・・


そこでもせいぜい一晩かニ晩泊って、飲んでさわいで、そのまままたまっしぐらに自分の家に帰り、翌日からふたたび機械のごとく定期的に職場に通います。


・・・では、都市に出て来て生まれた子供たちはどうでしょうか。


彼らもまた、幼い頃から、自分の家、幼稚園、小学校、中学校、高等学校と、まさにしめつけの教育システムによって、自分の家とそれぞれの学校・塾あるいは、駅、スーパーの間の往復に大部分の時間を費やしています。


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         <link>http://starvsn.com/2011/03/2_2.html</link>
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         <pubDate>Mon, 07 Mar 2011 10:59:50 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>地域の自然との関わり</title>
         <description>大都市に今すぐ現代の科学技術で測定出来るような徴候が出ていないからといって、人間だけ驕るなかれ・・。


人口が過集中し、植物砂漠化が進み、そして、非生物的材料のみにうずまった大都市や産業立地のコンプレックスの中で、むしろ私たちは見えないものを見る力・・・


そして私たちのとぎすまされた生物的な本能や人間固有の感性や知性によって、まだ具体的に出ていない大都市のデッド・センターの徴候をかぎとり、今なら間に合う処置を講ずるべきではないでしょうか。


画一的な花いっぱい運動やあるいは一時的な緑化運動だけでは不十分です。


自然はきわめて多様であり、多彩です。


すべての人がそれぞれの立場に応じて、まず自分の生活域・職場の中やまわりから、積極的に明日の生存の基盤を、遺伝子の池を、たましいのふるさとを、都市にも郊外にも田園景観の中にも創ってゆくべきときです。


現在、日本の人口の約75ないし80%は都市部に生活しています。


とくに首都圏.中部圏.近畿圏・北九州圏・北海道の札幌に代表されるような大都市、また県庁の所在地や産業立地に集中しています。


これらいわゆる都会人といえども、父祖の代まではほとんど日本の各地方の海岸や草深い平野、山地の田園景観の中で生まれ、幼児期を過してきました。

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         <link>http://starvsn.com/2011/02/post_23.html</link>
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         <pubDate>Mon, 07 Feb 2011 10:58:59 +0900</pubDate>
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         <title>過集中による崩壊を免れたい　2</title>
         <description><![CDATA[ある日突然発生する地震などの災害でなく、人間の命の共存者が死にたえたような植物砂漠・都市砂漠の中で、空をも閉ざす立体的な非生物的経済都市・産業都市・情報都市・機能都市の中で・・・


果たして人間だけが、戦後世界を驚かせたようなすばらしい活力を発揮した日本人の潜在エネルギーを、生命力を、遺伝子を維持出来るかどうかという問題があります。


生物社会では、急激な一回限りの天変地異によって破滅することは、現実に被害を受けた場合でも少ないのです。


むしろ、じわじわと環境をかえられることによる方が、ちょうどヨーロッパの森林が林内に繰り返し家畜を放牧することによって消滅したように、ダメージが大きいです。


林内放牧、森林伐採だけで、完全に、度荒野(ピース)になったように、人間の共存者が、とくに唯一の生産者であり、環境調整者である植物、もっとも豊かな多層群落の森林が消滅させられることによって他の生物も住めなくなり・・・<a style="color:#707070; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://toukyou.dtiblog.com/" target="_blank">エグゼクティブトレード</a>によると、次第に人間の生命力までもが低下する危険性が深まるのではないでしょうか。


かつては誇り高きローマ帝国を築いたローマの人たち、またソクラテスをはじめ2000年前にすばらしい文明や科学を築いたギリシャの人たち。


そして世界のさまざまな人種や民族の都市や産業立地の発達、それぞれの時代における人口の過集中と興亡の歴史を考えてみる必要があるでしょう。


自然の過開発、植物砂漠化が50年、100年あるいは500年、1000年後にどのような不幸な結果をもたらすか、だれも予測出来ません。


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         <pubDate>Fri, 07 Jan 2011 10:57:46 +0900</pubDate>
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